大阪高等裁判所 昭和40年(う)1049号 判決 1966年5月06日
被告人 浪花弘
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金壱万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
当審における訴訟費用のうち二分の一を被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、田辺区検察庁検察官事務取扱検事後藤一善作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人高橋靖夫作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。
事実誤認の控訴趣意について
論旨は、被告人は法定の除外事由がないのに、昭和三八年八月二九日から同年九月一日までの間前後五回にわたり田辺市栄町火薬店小川義郎方において、高井照雄に対し、ダイナマイト二四、七五キログラム、普通火薬八キログラム、工業用雷管一一〇個、導火線一〇〇メートルを不法に譲渡したものであるとの公訴事実に対し、原判決は本件火薬類を、被告人が右小川火薬店から譲り受けた事実が認められないから、被告人から右高井照雄に対して譲り渡した事実も認められないとして無罪を言渡したのであるが、しかし原判決は、火薬類取締法第一七条にいう譲渡の解釈を誤り、ひいて事実を誤認するに至つたもので破棄を免れないと主張する。
よつて案ずるに、火薬類取締法第一七条第一項にいう火薬類の譲り渡しとは、同法が火薬類による災害の防止という目的で立法せられていることにかんがみると、火薬類に対する所有権の移転や処分権の付与を目的とする単なる意思表示だけでは十分でなく、少くとも火薬類の現実の支配、いいかえれば管理可能の地位の移転を伴う場合をいうものと解するのが相当である。従つて譲り渡しがあつたというためには、譲り渡し人において、常に当該火薬類に対する現実の支配があつたことを前提としなければならない。
これを本件の事実関係について考察するに、原審が適法に取り調べた小川義郎、畑中春一の各司法巡査に対する供述調書、被告人の検察官及び司法巡査に対する各供述調書、原審第二回公判調書中の証人高井照雄及び被告人の各供述、同第四回公判調書中の証人小川義郎の供述、記録添付の火薬類譲受許可申請書、同消費許可申請書、火薬類取扱者名簿、火薬類消費許可証写、押収の火薬類譲受許可証(証第一号)及び当審における事実取調の結果を総合すると、被告人は昭和三八年四月頃三谷慶より田辺市湊六八一番地所在通称権現山の宅地造成工事を代金一二〇万円で請負い、同月末頃右工事を更に高井照雄に資材同人持ちで(他に右工事に使用するブルトーザ二台は被告人より無償で貸与する約束)、代金八五万円で下請けさせたこと、右下請工事は同年五月初着工し、施工の途中該土地内に岩盤のあることが判り、火薬類使用の必要を生じたが、それより前に高井において同市文里で施行した別の工事現場で使用した火薬類について、問題を起こし所轄警察や地方事務所の取調を受けていた事実があつて、同人名義で火薬類の譲受及び消費につき早急に許可を受けられないおそれがあつたので、この旨を被告人に申し出で、両者協議の上被告人名義で右の許可を受け、右高井がその許可証を利用して火薬類を入手することになつたこと、そこで被告人は妻に命じ、同年八月二六日被告人名義をもつて和歌山県知事に火薬類譲受並びに消費の許可申請手続をさせた結果、翌八月二七日付をもつて、被告人に対し公訴事実記載の如き火薬類(但し数量は異る)の譲受並びに消費許可証が下付されたこと、よつて被告人は同日頃自宅において右高井照雄に対し右許可証を交付し、高井において直接小川火薬店より火薬類を受け取るよう指示し、その代金も高井に資力がなかつたので他の資材購入の場合と同様被告人が高井のため立替え払をし、後日下請代金より差引くことにし、被告人はその頃火薬類販売業者たる小川火薬店主小川義郎に対し、高井に火薬類を引き渡されたい旨依頼するとともに、火薬類の概算代金として被告人名義の手形二通(額面合計三五万円)を交付して支払に当てたこと、そこで高井は自己の使用人たる畑中春一ほか一名を使いとして、前記小川火薬店に右の許可証を呈示し、同店から公訴事実記載の如く本件火薬類の引渡を受け、その頃前記工事現場において右畑中春一に使用させたこと、小川火薬店は被告人の前記依頼により火薬類を右畑中等に引き渡す以前に、あらかじめ自己所有の火薬類のうちから被告人に引き渡す分として、本件火薬類を特定したうえ、これを被告人の所有物として、被告人のため保管した事実が認められないこと、及び前記火薬類の許可申請の際届出でた火薬類取扱保安責任者たる新谷主蔵に対して本件火薬類の消費や保安管理に関する職務を行わしめたことがなく、その管理使用は専ら右高井においてしていたこと等の事実が認められる。右認定に反する被告人の当公廷における供述は、措信し難い。叙上認定の各事実より考察すると、被告人は本件火薬類について瞬時にもせよ所有権を取得し、これが現実の支配をなしたものとみることができず、むしろ被告人と高井照雄の側からみれば、右高井の使用人畑中春一らが火薬類の引渡を受けると同時に、右高井が同火薬類について、その所有権を取得し、これが現実の支配をなすに至つたものと解するを相当とする。右の見解に反し検察官の所論は、被告人が被告人名義で前記許可証の交付を受けたこと、小川火薬類店に対し火薬買受代金の支払として被告人名義の手形を交付したこと及び小川火薬店に対し火薬類を高井に引き渡されたい旨依頼した事実をとらえて、被告人と小川火薬店との間に本件火薬類の売買契約があつたものと解し、これを前提とし、小川火薬店が高井の使用人に火薬類を引き渡したのは、被告人に対する右売買契約上の義務の履行であり、従つて高井の使用人は同人の代理人であるとともに、被告人の代理人として火薬類の引渡を受けたことになるから、高井の使用人が右火薬類の引渡を受けた都度被告人が当該火薬類の所有権を取得しかつこれを自己の支配下においたもので、被告人が該火薬類を譲り受けたことになる旨主張するのである。しかしながら、小川火薬店側において、右の許可証や手形等からして被告人との間に所論の売買契約が成立したものと思い、高井の使用人に火薬類を引き渡したことは、被告人に対する義務の履行としてしたものと考えていたとしても、それだけでは、同火薬類の所有権や現実の支配が、常に被告人に移るとは限らず、これらの権利や地位が小川火薬店から直接被告人に移るか、高井に移るかは、被告人と高井との契約によつて定まることであるところ、被告人と高井の契約は、前段認定のとおりであつて、被告人において、当初から本件火薬類を自ら譲り受ける意思はなく、高井をして小川火薬店から直接火薬類を譲り受けさそうと考えていたのであり、従つて高井の使用人は被告人の代理人であるとは認められないから、右の権利等が高井に移る前に一たん被告人に移る余地はないものと考えられる。所論は右検察官の見解につき十分の証拠があるように主張するのであるが、前掲全証拠を総合しても、被告人は自己名義で火薬類の許可を受けているが、本件下請契約では資材は下請業者持ちになつているので、本来は被告人名義で許可を受ける必要がなかつたこと、被告人名義で許可を受けたのは前記の如く、高井名義では別件警察の取調関係で不便があつたため、右の許可証を高井に流用さすため、許可を受けたに過ぎないものであること、被告人が小川火薬店に代金を支払つているが、これは被告人と高井との間では、あくまで立替払であること、火薬類は高井の下請工事に高井の責任において使用するものであること、等被告人と高井との間において、被告人が小川火薬店より火薬類を買受け、一旦自己に所有権を取得し、次いで高井に同所有権を移転しなければならない必要があつたとは到底考えられず、他に両者の間にこのような取り定めがあつたと認むべき証拠がないので、この点の所論は採用し難い。
してみれば、本件においては、被告人は高井照雄が県知事の許可を受けないで本件火薬類を小川火薬店より譲り受けるについて自己の許可証を流用させたり、代金を立替えたりしてこれを容易ならしめる行為をしていることは明らかであるが、本件公訴事実(本位的訴因)の如く被告人が一旦小川火薬店より火薬類を譲り受けたうえ、本件公訴事実(本位的訴因)の如く該火薬類を高井に譲り渡したと認むべき証拠が十分でないので、本件本位的訴因について犯罪の証明がないと判断した原判決には事実の誤認はなく論旨は理由がない。
予備的訴因について
検察官は、当審において、予備的訴因として、被告人は高井照雄に対し自己名義の火薬類譲受、消費許可証を貸与するなどして、同人が法定の除外事由がないのに昭和三八年八月二九日から同年九月一日までの間前後五回に別表のとおり田辺市栄町火薬店小川義郎方において同人よりダイナマイト二四、七五キログラム、普通火薬八キログラム、工業用雷管一一〇個、導火線一〇〇メートルを不法に譲り受けるについて、これを容易ならしめて幇助したものであるとの事実を追加した。(弁護人は右予備的訴因の追加は、同訴因と本位的訴因との間に公訴事実の同一性を欠き、又控訴審において右訴因の追加は、不適法なる旨主張するけれども、右両訴因は、犯罪行為の日時、場所、目的物、譲受人等について全く同一であり、又犯罪行為の態様として譲受人高井照雄に本件火薬類を不法に譲り受けさせた点において両者に共通のものがあり、ただ両訴因の異るところは、本位的訴因では、被告人が譲渡人になつていたが、予備的訴因では譲渡人は小川火薬店で、被告人は小川火薬店より高井照雄が不法に譲り受けるに際しこれを幇助したというのであつて、両訴因の間に公訴事実の同一性を害されるものがあるとは考えられず、かつ、本件においては既に審理は尽くされ、被告人の防禦に実質的利益を害しないと認められるので、控訴審においても検察官の予備的訴因の追加は許すべきものである。〔最高裁昭和二九年九月三〇日判決最高刑集八巻九号一五六五頁、同三〇年一二月二六日判決最高刑集九巻一四号三〇一一頁参照〕。この点について弁護人の引用する判例は、いずれも本件に適切でなく、右主張はいずれも理由がない)そこで、右予備的訴因の事実について案ずるに、前掲各証拠を総合すれば、前段説示の如く右予備的訴因の事実は優に肯認することができる。この点について被告人は当公廷において被告人と高井照雄とは、本件宅地造成工事について元請と下請の関係があつて、被告人は建設業界の慣行に従つて元請業者たる被告人の名義で火薬類譲受並びに消費の許可を受け、これを被告人の管理の下に下請業者たる高井に使用させたもので、高井が小川火薬店より本件火薬類を受領したのも、被告人の使者として受取つたもので、高井自身が譲り受けたものでないと弁解するので付言するに、被告人が本件火薬類を高井を介して譲り受け、かつ自ら管理していたとの供述は、前記被告人及び高井照雄の司法巡査に対する各供述調書等に照らして全く措信し難く、かつ土木請負業者間において、土木工事に火薬類を使用する場合、その使用する火薬類の譲受並びに消費の許可は、必ずしも下請業者名義で受けるものとは限らず、元請業者の名義をもつて受けることのあることは否定し得ないが、しかしいずれの業者名義をもつてするにしても、その許可を受けた業者は、自らその許可の趣旨に従い、火薬類の管理や消費上における一切の責任を果すべきものであつて、その責任を忠実に果している限り、その業者は何ら責められないことは当然である。しかし本件被告人の場合の如く、仮りに慣行に従つて被告人名義で許可を受けたとしても、自己名義で受けた火薬類の許可証をその侭高井照雄に交付し、許可を受けていない同人をして火薬店より火薬類を買い受けさせ、かつ許可申請の際届出た火薬類取扱保安責任者には、全然法令に基く保安に関する職務を行わさないで、火薬類の管理消費はすべて下請業者の高井に一任するが如きことは、危険な火薬類の移転、管理責任の所在等を不明確にし、火薬類取締法が災害防止のため火薬類の管理、消費等について規制している趣旨にもとるものであり、このような慣行がもしありとするならば、その慣行そのものが違法であり、許容さるべき筋合のものでないから被告人の前記弁解は理由がない。
してみれば、被告人については、前記予備的訴因による高井照雄の本件火薬類不法譲り受け罪についての幇助犯の成立は、免れ得ないものであり、検察官の本件控訴趣意は、結局理由があることに帰し、この点において原判決は破棄を免れない。
よつて刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条、第四〇〇条但し書により原判決を破棄し、更に判決することとする。
(罪となるべき事実)
前記理由中に予備的訴因として記載した事実のとおりである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示火薬類取締法違反幇助の所為(正犯の行為は同一犯意の下に接続して短期間に敢行された包括一罪であると解す)は、同法第五九条第四号、第一七条第一項、刑法第六二条第一項に該当するから、所定刑中罰金刑を選択し、刑法第六三条、第六八条第四号により従犯の減軽をした金額の範囲内において被告人を罰金一万円に処し、同罰金を完納することができないときは、同法第一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、当審における訴訟費用のうち二分の一は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により被告人に負担させることとする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 笠松義資 中田勝三 荒石利雄)
別表<省略>